赤とんぼと山田耕筰

♪・。・。夕焼小焼の 赤とんぼ
       おわれてみたのは いつの日か・。・。♪


秋にふさわしい「 赤とんぼ 」は日本人の心の歌。懐かしい安らぎのメロディーです。だれもが口ずさむこの歌の作曲者は山田耕筰です。

若き日の耕筰は、現・東京芸術大学の声楽科を卒業して、三菱財閥の岩崎小弥太(伯父は「坂の上の雲」の弥太郎)の援助を受け、ドイツへ留学します。そしてベルリンの音楽学校で作曲を始めました。

とりわけ、西洋で学んだ作曲法に、日本語の歌詞をのせた日本歌曲は秀逸で「からたちの花」「ペチカ」「待ちぼうけ」…童謡を思いつくままあげてもすぐに口ずさめるメロディーばかりです。美しい日本の標準語のイントネーションに沿う耕筰歌曲は、多くの人々に愛され、歌われるところとなりました。

我恩師の嘉納愛子先生は数少ない耕筰の弟子です。私のピアニストの叔母が音大生時代、嘉納クラスだった御縁で、レッスンに通うようになりました。声楽科に入学後は厳しい指導でその真髄をたたき込んで下さったのです。

恩師は、おん年105才。今なお、後進指導にあたる声楽家です。「敬老の日」のTVに登場し、現役として耕筰歌曲を伝えるレッスン風景が話題をよび、今も多くの歌い手が指導を仰ぎにやってきます。

ご主人とのなれそめは耕筰のレッスン室だったといいます。お二人の結婚の時、耕筰と北原白秋は、一枚の色紙に祝いの曲を記しました。熨斗の水引の詞と、五線譜の旋律です。このゴールデンコンビによる作詞作曲は「 袱紗(ふくさ) 」にデザインされ、来賓への引き出物となりました。以下は、若い二人に贈られた白秋の歌です。

♪・。・。 秋ははや 笹の根かたに水引の
          つぶさに紅く 咲きにけるかも ・。・。♪


結婚式の話をされた時、先生は、お宅の庭に咲いた 水引草 の花の種を私の手のひらにのせて下さいました。

嘉納愛子氏はオーケストラ共演やBK(大阪NHK)で活躍しました。耕筰の指揮棒は『魔法の杖』だと先生はおしゃいます。共演時、身につけたであろう演奏マナーをしっかり教えられました。

お辞儀は3回。先ず指揮者、次にコンマス (コンサートマスター)、そして改めて会場のお客さまへ。クラシックすぎるお辞儀だけれど、偉大な音楽家とオケ団員へ敬意をこめるスタイルを、宝物として私は踏襲しています。

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9月1日は防災の日 『備えよ常に』です。

阪神淡路大震災で、赤とんぼの歌声が人々の生命の灯をともし続けたケースがありました。ガレキに埋まる極限状態の中どこからともなく歌声が聴こえてきたといいます。「 夕焼け小焼けの赤とんぼ…… 」ガレキの中で、救出を待ちながら歌う女性の声でした。それを聴いて命をつないだ人たちがいました。

これからも、赤とんぼの歌は、人々に歌い継がれてゆくでしょう。

♪~・~♪~・~♪~・ ミニ レッスン ・~♪~・~♪~・~♪

嘉納先生から指導を受けた「山田節」の数々を、恩師の足跡をなぞり私もたくさんの方に伝えたいと思います。山田耕筰の孫弟子として。そして、自身の関わる声楽やボイストレーニング全ての分野の方達に「ひ孫弟子」になって頂くべく…。ピカリと光る小さな誇り。これを胸に、遥かな音楽の道のりの、歩みを長く長く続けましょう。


プロフィール

Diva

Author:Diva
中野陽子

声楽家 ソプラノ歌手
山田耕筰の孫弟子
声楽の健康科学 研究者


相愛大学音楽学部
声楽科卒 芸術学士
・109才まで現役指導者
 故 嘉納愛子氏に師事


サンフランシスコ
コンサーバトリー
音楽院[4年制音大]
にて研鑽を積む


大阪教育大学大学院
教育学研究科
健康科学専攻
人間科学コース
発達人間学研究修了
修士(学術)


ハルカスを拠点として、マスメディア・デパート・大学関連講座の講師をつとめています


●読売新聞大阪本社・讀賣TVを運営母体とする文化センター講師


●ハルカス近鉄本店 文化サロン他 講師


●大阪健康福祉短期大学
健福ハルカス大学 講師


声楽を軸に、歌う日々やサンフランシスコ暮らしの懐古をエッセイ風に綴ります。

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