大正浪漫…京都の女学生

春先の冷たい雨が降る中、高等女学校の展示と講演会があったので、博物館へ出かけました。大正浪漫華やかなりし頃、京都の高等女学校に通ったおばあちゃんの残像に、出会えるかもしれない…。形見の『大正十一年 京都淑女高等女学校 卒業記念アルバム』を携えて。 


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博物館はこんなところ  ☆☆☆ 


おけいはん(京阪電車)に揺られて祇園四条下車。早く着いたので、四条河原町を傘さして歩き回りました。このあたりは、昔々の関西の女子大生なら、休講になるとしょっちゅう遊びに行った場所。女学生ならぬ女子大生の青春の影もそこここにありました。


講演会、とっても良かったです。京都の高等女学校の歴史が、詳しく語られました。髪には大きなりぼん、袴姿で編み上げブーツ。颯爽と自転車に乗り当時の最先端をゆくハイカラさん。こんな女学生の姿が彷彿とするようなお話でした。

(朝の連ドラおはなはん↓)
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学芸員の先生は「当時を語れる人達が高齢になり、今、ボク達が当時の資料を集めておかないと、貴重な品々が散逸して消えてしまう」と語られました。『 京都淑女高等女学校 』に至っては、手に入らないらしい。


これはセレンディピティ(serendipity)! おばあちゃんの卒業記念アルバムを「私が持っていても、いずれ子供や孫の代になると無くなってしまいます。ご覧下さいますか…」学芸員にお見せした次第。


すると、興味深そうにページを繰り「出てきましたねえ(お宝の意)、こんなのは初めてです!」と、京都の学校歴史資料として博物館への寄贈が即決しました。さらにもう一冊、祖母の女学生時代の暮しぶりを生き生き映す写真帳もお渡ししてきました。


大正浪漫華やかなりし頃の古い写真って、ほんとに素敵です。乙女の髪型から文机、ランプシェードまで。おばあちゃん、青春の地 京都に大切な思い出を保管して頂けて、きっと喜んでるだろな。

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当時、女性の高等女学校進学は極端に少ない時代。私が院で学び研究するルーツ探しもしたかった。なので、講演を聞き、おばあちゃんのDNAを受け継ぎ今があると「教育」の流れも把握できました。


さて、そんなふうに「京都の学校」が学べる博物館ですが、ここにも音楽がありました。『足踏みオルガン・コンサート』!展示品は普段は触れませんが「ちょっと、弾いていいですか」とおそるおそる聞くと「いいですよ、あなた弾いてて~♪」ですって。オルガンは風琴と書くのでしたね。足踏みオルガンって 結構 脚力がいるんだ~と体感しつつ、女学生の愛唱歌風メロディーを奏でると、周りでお客様が歌って下さいました。

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(展示品の足踏みオルガン)


(以下はディープなのでご興味おありの方だけ…
祖母は吉野の下市から出て、遠方の京都で学生になったので、進学先の動機がずうっと疑問でした。学芸員の先生に南朝とのつながりあるかもと爆弾質問したら、そうですねえと納得してうなづかれました。そういえば京都には遠い親戚がけっこうあるのだった…祖母の旧姓は前○、前はサキと読んで天皇をお守りする意味なのだそうです。葛城といい南朝といい、何か芳しく匂うぞ キャー )

御礼:ハルカス雛祭り音楽会、無事終了しました。
和やかな春のひと日、ようこそのお越し、ありがとうございます♪


プロフィール

Diva

Author:Diva
中野陽子

声楽家 ソプラノ歌手
声楽の健康科学 研究者


大阪教育大学大学院
教育学研究科
健康科学専攻
人間科学コース
発達人間学研究修了
修士(学術)


相愛大学音楽学部
声楽科卒 芸術学士
・山田耕筰の孫弟子
・声楽の恩師は
 109才まで現役指導を
 貫いた(故)嘉納愛子氏


サンフランシスコ
コンサーバトリー
音楽院(4年制音大)
にて研鑽を積む


ハルカス・サロン講師


大阪健康福祉短期大学
アバンスペース
健福興隆ハルカス大学
講座 講師

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