卯の花のにおう垣根に・。・。♪

1 著書:シンプル声楽法

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 今の季節、サロンで歌う曲は「夏は来ぬ」が定番。「う~のはな~の…♪」の歌詞に、すぐそこに来ている夏を感じる。


 住吉大社で「卯之葉神事」があった。神主さんや宮司さんの烏帽子に、白い花の咲いた「卯の葉」が挿されていた。供える玉串も「卯の葉」だった。住吉大社ご神域の空気は清々しい。


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 舞楽の奉納もあった。涼風わたる木陰に流れる雅楽。その音色をたどって、DNAの記憶が遠い遠い太古の昔にさかのぼる。


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 境内の「卯の花苑」を散策した。卯の花はウツギ(空木)ともいう。サラサウツギ・ハコネウツギなど種類も豊富。青葉 若葉が 陽に透けて、純白の花が初夏の到来を思わせる。


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 ちなみに「夏は来ぬ」の4番、「楝(おうち)ちる 川べの宿の…」の『おうち』とは栴檀の古名。この木の下では、おうちの薄紫の細かい花がパラパラと落ちてくる。その情景をよんだ歌詞だろう。おうちは、真冬の青空にくっきりと枝ぶりが潔い、小さな実をつけたあの木のことだ。


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 やっぱり神社の空気は清々しくていいなあ。住吉三神・息長帯比売命さま、いつもお守りくださいましてありがとうございます。


金メダル!陰陽師

羽生選手が「陰陽師」で金メダルに輝いた。

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ハルカスから南に下ると安倍晴明神社がある。

ハルカスは「阿倍野」にある。

界隈を少し探検してきた。


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熊野街道沿いの小さな安倍晴明神社。

羽生選手「陰陽師」の演技成功を祈る

願掛け絵馬がたくさん下げられていた。


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平安時代の高名な陰陽師、安倍晴明は、

稲荷の狐が化身した女性(葛の葉)と

人間の男性との間に生まれた子。

 「葛の葉伝説」として伝わる。

ここが清明の生誕の地、産湯の井が存在する。


ここからも少し南下すると帝塚山だ。

清明公園を過ぎると、

私がスケート部員だった音大生時代に、

声楽レッスンに通った嘉納先生の元のお宅がある。

安倍晴明やフィギュアとご縁を結んで

レッスンしてたって、なんだか誇り…。

先生は、ここから移られ、億ションに住まわれた。

レッスンが済むと一息入れた洋菓子の「ポアール」も健在だった。


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阿倍野界隈が安倍晴明ゆかりの地だったと、

羽生選手の「陰陽師」であらためて認識した


そう言えば、いつもの教室のある

アゴラリージェンシーの前庭にも、

小さなスケートリンクができていた。


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錦秋の京都

 お招き頂いて京都の能楽堂へ。いつもはサロン指導で駆け抜ける京都。こんな機会でないとゆっくり見て回れない。プライベートの秋の小旅行気分でうかがった。

 おけいはん(京阪電車)に揺られ、出町柳で降りる。鴨川を渡り、同志社を通り過ぎる。昔と変わらぬ学生の姿、なんだか懐かしい。さすが「学生の街」京都だ。変わらないことが驚きだった。

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 私は「三無主義」と呼ばれた世代だ。男の子たちが髪を伸ばし、学生運動も下火になり、「無気力・無関心・無感動」の三無主義の冷めた目で世の中を見ていた時代の若者だ。だから、今の若い子たちにはあんまり温度差を感じない。

 昔、音大生だった頃、授業が休講になると、大阪音大の親友とよく京都まで遠征してきて遊んだ。自分の学校の授業をエスケープして、京都で遊ぶか、モグリで大音(ダイオン)の授業に出るか、どちらかだった。

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 同志社を過ぎると、同じ並びに同志社女子大があった。京都御所の真ん前の、こんなところで学生時代を送ったら、さぞかし音楽の感性は深まるだろうなあ。中之島のビジネス街にキャンパスがあった私は、羨ましくてしようがない。

 京都の空気に包まれて歩くこと、もう十分弱。京都御所のそばに、目指す能楽堂が見えてきた。お能を楽しませて頂いた。「能楽」は日本のオペラだと、かねがね思っていた。和のスペクタクルな芝居というと、歌舞伎にはしる人は多い。私はなぜだか、だんぜん「お能」だ。庭も落ち着いた雰囲気をたたえ、心もしんと鎮まり、一服のコーヒーが美味しかった。

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 父が少しだけ「能」をたしなんでいた。いつも手に本をもっていてるくらいの読書家で、歴史ものを好み、戦国の武将のたしなみとして「能」が舞われたということから、趣味に「能」をもっていたのだ。だから、私の能への興味は、その影響が明白だ。その父は京都で学生時代を送った。

 私にとっての京都はやっぱり、住むところではなく、学生時代の若い一時期を通り過ぎる街だ。エトランゼとしての意識が常にある。近くて遠いけれど、舞い戻ってくる…そんな街だ。

ボブ・ディランとガロ

70年代に女子大生だった。御堂筋の銀杏が秋色なる頃、少し風が冷たくなった街を楽譜を小脇に抱えて歩く、私は声楽科の学生だった。オペラ・アリアの譜読み、週に2回の声楽の授業、当時はさらに先生のお宅でのホームレッスンもあり、聴音にソルフェージュ、西洋音楽史や副科のピアノと音楽漬けの毎日。加えて一般教養だ。

正統派の西洋音楽教育をイヤというほど仕込まれていた訳だが、クラシック音楽からエスケープするのもしばしば。そんな時に流れていたのが ガロ の「学生街の喫茶店」。

君とよくこの店に 来たものさ
訳もなくお茶を飲み 話したよ
学生でにぎやかな この店の
片隅で聞いていた ボブ・ディラン


ボブ・ディランの曲は、ちょっと大人びた英語の達者な子に任せて、私はガロの「学生街の喫茶店」専門だった。ちょうどリアルタイムで女子大生だったから、当時流行った白いギターの弾き語りなんかしてカッコつけてた。ボブ・ディランはあんまり知らないけれど、学生街に流れる曲のムードは想像できた。
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(↑ガロの3人 ロンドン・ポップ調?あるいはヒッピー?当時のファッション)

それでいて、現実は、正統派西洋クラシック漬けの日常が追っかけてきて学生の本分に身をやつす日々。秋が深まると、70年代の空気が懐かしくてたまらない。

…ったって、時代は変わった。ボブ・ディランがノーベル賞を文学で受賞する時代だもの。この年齢で再度 院生に戻ると、キャンパスから見上げる漆黒の闇にハルカスの夜景が浮かびあがる。「喫茶店」なんてもんでなく、「カフェ」でスマホでラインのスタンプのやりとりだ。

あの時代の歌詞を改めてみると…

学生でにぎやかな この店の
片隅で聞いていた ボブ・ディラン
あの時の歌は 聞こえない
人の姿も変わったよ 時は流れた


ウソ…!あの頃すでに「ボブ・ディラン」や「時の流れや移り変わり」が歌われてた!! 時代は移ろうと、ディランは普遍的に変わらないものを吹く風の中に感じていたのね、たいしたもんだ♪

ラグビーW杯 対サモア戦

歴史を変え続けるラグビー日本代表!
日本 対 サモア戦、勝利!!
24年ぶりの大金星をさらに積み上げた。

「スクラムはピアノとおなじでやればやるほど上手くなる」と、
マルク・ダルマゾFWコーチが、これまで弱点であったスクラムを
武器にできるまでに鍛え上げた。
桜の勇者たちのスクラムは鋭いナイフのように、
モアイの石像のように屈強なサモアの選手を切り崩していった。

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「one for all, all for one」
「一人はみんなのために、みんなは一人のために」
ウチの次男も高校でラグビーやってた。
よくこのブログで紹介する御所市にも
強豪「奈良県立御所実業高等学校」がある。
だから私はラグビーはほっとけない。

2019年ワールドカップ(W杯)日本開催で
聖地「花園」も試合会場に決まったし、
ラグビーにいい風が吹いてきたな

この機会に、ちょっとだけ自慢させて下さい。
母の従兄弟は、まだ見ぬおじさん、
会ったこともお話したこともないけど
2012年にラグビー殿堂入りを果たした
あの伝説のニュージーランド・ラグビー史に輝く「坂田好弘」だ。

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  (空飛ぶウィング 坂田好弘)

母の母の姉妹の息子という遠縁だ。
母に、いとこ同士の坂田さんの思い出を聞かせてと言うと、
「そうやねえ、坂田さん、三輪車に乗ってはってね…」と答えた。
・・・そこまで記憶をさかのぼらなくてもと思ったけれど、
「ふうん」と素直にうなづいた。

坂田さんが三輪車に乗ってはったのは、
祖母の里の伏見か、あるいは母の里の宮戸だろうか…。
故郷の血に伝説の人と同じDNAのカケラが流れてるなら嬉しいが。
まだ見ぬ憧れの親戚、遠い血縁のラガーマン。

御所市の方々は、地域ゆかり人物に
こんなビッグな著名人がいるとは案外ご存じないかもしれない。
御所実のラグビー部 頑張れぇ~
2015W杯の対アメリカ戦 桜のエンブレム応援するぞ~

プロフィール

Diva

Author:Diva
中野陽子

声楽家 ソプラノ歌手
山田耕筰の孫弟子
声楽の健康科学 研究者


相愛大学音楽学部
声楽科卒 芸術学士
・109才まで現役指導者
 故 嘉納愛子氏に師事


サンフランシスコ
コンサーバトリー
音楽院[4年制音大]
にて研鑽を積む


大阪教育大学大学院
教育学研究科
健康科学専攻
人間科学コース
発達人間学研究修了
修士(学術)


ハルカスを拠点として、マスメディア・デパート・大学関連講座の講師をつとめています


●読売新聞大阪本社・讀賣TVを運営母体とする文化センター講師


●ハルカス近鉄本店 文化サロン他 講師


●大阪健康福祉短期大学
健福ハルカス大学 講師


声楽を軸に、歌う日々やサンフランシスコ暮らしの懐古をエッセイ風に綴ります。

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