錦秋の京都

 お招き頂いて京都の能楽堂へ。いつもはサロン指導で駆け抜ける京都。こんな機会でないとゆっくり見て回れない。プライベートの秋の小旅行気分でうかがった。

 おけいはん(京阪電車)に揺られ、出町柳で降りる。鴨川を渡り、同志社を通り過ぎる。昔と変わらぬ学生の姿、なんだか懐かしい。さすが「学生の街」京都だ。変わらないことが驚きだった。

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 私は「三無主義」と呼ばれた世代だ。男の子たちが髪を伸ばし、学生運動も下火になり、「無気力・無関心・無感動」の三無主義の冷めた目で世の中を見ていた時代の若者だ。だから、今の若い子たちにはあんまり温度差を感じない。

 昔、音大生だった頃、授業が休講になると、大阪音大の親友とよく京都まで遠征してきて遊んだ。自分の学校の授業をエスケープして、京都で遊ぶか、モグリで大音(ダイオン)の授業に出るか、どちらかだった。

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 同志社を過ぎると、同じ並びに同志社女子大があった。京都御所の真ん前の、こんなところで学生時代を送ったら、さぞかし音楽の感性は深まるだろうなあ。中之島のビジネス街にキャンパスがあった私は、羨ましくてしようがない。

 京都の空気に包まれて歩くこと、もう十分弱。京都御所のそばに、目指す能楽堂が見えてきた。お能を楽しませて頂いた。「能楽」は日本のオペラだと、かねがね思っていた。和のスペクタクルな芝居というと、歌舞伎にはしる人は多い。私はなぜだか、だんぜん「お能」だ。庭も落ち着いた雰囲気をたたえ、心もしんと鎮まり、一服のコーヒーが美味しかった。

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 父が少しだけ「能」をたしなんでいた。いつも手に本をもっていてるくらいの読書家で、歴史ものを好み、戦国の武将のたしなみとして「能」が舞われたということから、趣味に「能」をもっていたのだ。だから、私の能への興味は、その影響が明白だ。その父は京都で学生時代を送った。

 私にとっての京都はやっぱり、住むところではなく、学生時代の若い一時期を通り過ぎる街だ。エトランゼとしての意識が常にある。近くて遠いけれど、舞い戻ってくる…そんな街だ。

ボブ・ディランとガロ

70年代に女子大生だった。御堂筋の銀杏が秋色なる頃、少し風が冷たくなった街を楽譜を小脇に抱えて歩く、私は声楽科の学生だった。オペラ・アリアの譜読み、週に2回の声楽の授業、当時はさらに先生のお宅でのホームレッスンもあり、聴音にソルフェージュ、西洋音楽史や副科のピアノと音楽漬けの毎日。加えて一般教養だ。

正統派の西洋音楽教育をイヤというほど仕込まれていた訳だが、クラシック音楽からエスケープするのもしばしば。そんな時に流れていたのが ガロ の「学生街の喫茶店」。

君とよくこの店に 来たものさ
訳もなくお茶を飲み 話したよ
学生でにぎやかな この店の
片隅で聞いていた ボブ・ディラン


ボブ・ディランの曲は、ちょっと大人びた英語の達者な子に任せて、私はガロの「学生街の喫茶店」専門だった。ちょうどリアルタイムで女子大生だったから、当時流行った白いギターの弾き語りなんかしてカッコつけてた。ボブ・ディランはあんまり知らないけれど、学生街に流れる曲のムードは想像できた。
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(↑ガロの3人 ロンドン・ポップ調?あるいはヒッピー?当時のファッション)

それでいて、現実は、正統派西洋クラシック漬けの日常が追っかけてきて学生の本分に身をやつす日々。秋が深まると、70年代の空気が懐かしくてたまらない。

…ったって、時代は変わった。ボブ・ディランがノーベル賞を文学で受賞する時代だもの。この年齢で再度 院生に戻ると、キャンパスから見上げる漆黒の闇にハルカスの夜景が浮かびあがる。「喫茶店」なんてもんでなく、「カフェ」でスマホでラインのスタンプのやりとりだ。

あの時代の歌詞を改めてみると…

学生でにぎやかな この店の
片隅で聞いていた ボブ・ディラン
あの時の歌は 聞こえない
人の姿も変わったよ 時は流れた


ウソ…!あの頃すでに「ボブ・ディラン」や「時の流れや移り変わり」が歌われてた!! 時代は移ろうと、ディランは普遍的に変わらないものを吹く風の中に感じていたのね、たいしたもんだ♪

ラグビーW杯 対サモア戦

歴史を変え続けるラグビー日本代表!
日本 対 サモア戦、勝利!!
24年ぶりの大金星をさらに積み上げた。

「スクラムはピアノとおなじでやればやるほど上手くなる」と、
マルク・ダルマゾFWコーチが、これまで弱点であったスクラムを
武器にできるまでに鍛え上げた。
桜の勇者たちのスクラムは鋭いナイフのように、
モアイの石像のように屈強なサモアの選手を切り崩していった。

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「one for all, all for one」
「一人はみんなのために、みんなは一人のために」
ウチの次男も高校でラグビーやってた。
よくこのブログで紹介する御所市にも
強豪「奈良県立御所実業高等学校」がある。
だから私はラグビーはほっとけない。

2019年ワールドカップ(W杯)日本開催で
聖地「花園」も試合会場に決まったし、
ラグビーにいい風が吹いてきたな

この機会に、ちょっとだけ自慢させて下さい。
母の従兄弟は、まだ見ぬおじさん、
会ったこともお話したこともないけど
2012年にラグビー殿堂入りを果たした
あの伝説のニュージーランド・ラグビー史に輝く「坂田好弘」だ。

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  (空飛ぶウィング 坂田好弘)

母の母の姉妹の息子という遠縁だ。
母に、いとこ同士の坂田さんの思い出を聞かせてと言うと、
「そうやねえ、坂田さん、三輪車に乗ってはってね…」と答えた。
・・・そこまで記憶をさかのぼらなくてもと思ったけれど、
「ふうん」と素直にうなづいた。

坂田さんが三輪車に乗ってはったのは、
祖母の里の伏見か、あるいは母の里の宮戸だろうか…。
故郷の血に伝説の人と同じDNAのカケラが流れてるなら嬉しいが。
まだ見ぬ憧れの親戚、遠い血縁のラガーマン。

御所市の方々は、地域ゆかり人物に
こんなビッグな著名人がいるとは案外ご存じないかもしれない。
御所実のラグビー部 頑張れぇ~
2015W杯の対アメリカ戦 桜のエンブレム応援するぞ~

お盆の送り火

お盆です。ご先祖様がこの世に帰ってきておられます。たとえ、西洋音楽のソプラノ歌手であっても、お仏壇にお供えをして花を飾り、鈴(りん)をチーンとします。お墓参りもすみました。これで安心して、クラシック音楽にも取り組めるというもの。やっぱり日本の伝統文化のバックボーンがあればこそ芸術は深みを増します。和風クラシカルが醸す世界は、やっぱり落ち着きます。

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Wikipediaによると、ご先祖様の迎え方は全国さまざま… 嫁ぎ先は合理的なものの考え方なのでお盆の行事もシンプルです。


育った実家では、経木(へぎ)をお寺に受け取りに行って、ご先祖様をお迎えしたのでした。お寺さんが、大和の極楽寺(ヒビキ遺跡の寺!)からはるばるお参され、例年、お昼をウチで召しあがれるのでした。氷水の素麺、お坊さんの袈裟、和やかに集う親戚が夏の風物詩…。今は弟の代となり、時代に沿って簡略化しています。


母が言っていました。「ご先祖さまはお素麺を食べて、昼寝をして、それから極楽へ帰っていきはるのよ」と。ふうん、そうかあ…仏さんもリアルに生活の中に一緒にいました。お盆の終わりに、屋外で経木を焚きます。送り火とともにご先祖様は極楽へ昇ってゆかれました。

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京都の大文字は全国的に有名です。お盆の送り火は8月16日。五山の送り火で先祖の霊を見送ります。京都といえば、父が学生時代を過ごした場所でもあり、吉田山近くの下宿から大文字が見えたそうです。 吉田神社の鳥居で「火の玉」がくるりと一周したので「ワァーッ」と皆で一目散に逃げて、市電に飛び乗ったという話も聞きました。夏の夜のミステリー、ちょっと涼しくなりましたか?


それからもひとつ、昔の学生さんたちの悪さの話です。大文字の晩、松明(たいまつ)を手に山に登った学生達がおりました。彼らは大の字の右肩に集まって「大」に点をつけ「犬」にしてしまったそうです。古き良き時代…のんびりおおらかな昔の、こんなおちゃめな悪戯の話は大好きだなあ。(  2015年大文字 )

山 鉾 巡 行

京に祇園祭のコンチキチンが流れています。17日は台風の影響が気になるところでした。祇園祭山鉾連合会は、前祭りのハイライト「 山鉾巡行 」を予定通り行うと発表したそうです。伝統を背負って決行を判断する方たちは大変だったことでしょう。


宵々山の日は京都で歌のサロンがありました。
「センセ、山鉾見にいかはるんやったら、今日が一番よろしよ。宵山は えらい 人やさかい。こっから地下鉄で行かはったらええわ。四条烏丸で降りたらすぐ見えますよ」と皆が教えてくれました。外に出ると浴衣姿の女性が行き交って、ああ祇園祭の風情やなあ…。

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(写真は祇園祭山鉾連合会HPより昨年の山鉾巡行)

宵々山の日は、大阪・奈良・京都を移動する三都物語のレッスン日。スローな奈良時間が流れるサロンは、窓外にたゆとうような平城京…奈良の夏は時がパタリと止まります。自分のルーツが大和の葛城なので、奈良、大好きなんです。

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さて、京都。祇園祭では役行者山も街を練ります。ご神体はまん中に役行者、左右に一言主神と葛城女神の三体。この山鉾は役行者が葛城の神を使い、葛城山と大峰山に橋を架けたストーリーに由来します。


先ほど我がルーツは葛城と書きました。母の里は葛城座一言主神社の本氏子。自分もまたその太古氏族の血をひく末裔!? 遠く離れた山城の国で、なぜ、山鉾に乗せられ練り歩くのかその経緯が知りたい! 役行者(えんのぎょうじゃ)が、葛城勢力を配下に収めたことを天下にしろしめすためでしょうか。私にとっては、いまだもって知り得ない大きなナゾで…


山鉾ご神体の一言主は「 悪事も一言、善事も一言、言い離つ神 」古来より言霊の神さまとしても知られます。『声楽』は言霊と音霊…ルーツを知れば、この世で与えられた役割に迷いなく励めます。

プロフィール

Diva

Author:Diva
声楽家 ソプラノ歌手
健康科学(歌唱)研究者


大阪教育大学大学院
教育学研究科
健康科学専攻
人間科学コース
発達人間学研究修了
修士(学術)


相愛大学音楽学部
声楽科卒 芸術学士
・山田耕筰の孫弟子
・声楽の恩師は
 109才まで現役指導を
 貫いた(故)嘉納愛子氏


サンフランシスコ
コンサーバトリー
音楽院(4年制音大)
にて研鑽を積む


ハルカス・サロン講師


大阪健康福祉短期大学
アバンスペース
健福興隆ハルカス大学
講座 講師


♪******♪******♪


声楽とは
歌声を楽しむこと

花束の香りを
かぐように息を吸い
花びらの音符を
ちりばめて
歌いましょう♪

クラシック歌唱は
心身を健やかに導く…
そんな研究を
アカデミックに
発信しています

かつて暮らした街
サンフランシスコの
思い出とともに、
歌が紡ぐ日々の暮らしを
エッセイ風に綴ります

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