アメリカとトランプ・ゲーム

ありえへんことが起こり、青天の霹靂のようにトランプさんが大統領に就任して久しい。かもす物議に、我々日本国は固唾を飲んで見守るばかり。そんな中、安倍総理は今夜アメリカへと飛び立つ。

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アメリカ大統領はボイストレーニングを積むと聞く。大衆の心を掴むため、信頼おける「声」で演説を行う必要があるからだ。個人的には、オバマさんやクリントンさんには、人の質やアメリカの良心というものがその響きの中に感じられた。

今回はかなりの辛口だが、「声」に関しては、トランプ大統領にはゲスい印象がつきまとう。「声」が相手に伝える情報とは、言葉の内容が3割、それ以外の響きであったり声色であったり声の表情が7割という説もある。「好き・嫌い」を反対の気持ちで言っても、本心が伝わってしまうあの道理だ。

声の周辺事情は、コミュニケーションの道具として、かくも大きな役割を果たす。音楽も音符や強弱記号の羅列でだけは、人の心が掴めないのと同じだ。トランプさんの演説は、あれだけの票で当選したのだから、人それぞれに思う所はあったのだろう。ここで言うのは、あくまでも「声の響き」に関してのこと。

genentechopening_0_0[1](UCSF)

少し前まで「American Dream」の国で暮らしたと、はばからず言えた。今は、ビジネスライクな政治に翻弄されるアメリカのゆく末を見守るばかり。在住経験を言い淀んでしまいそうだ。

かつての隣人達はどうしているだろう。The University of California, San Francisco (UCSF)で研究生活を送った夫に尋ねると、「彼らは変わらんよ」と答えた。研究者たちは、モクモクとと研究にいそしみ、アメリカの良心という屋台骨を支えているだろう。

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私たち家族が暮らしたのは、カーター大統領の時代で、NYのグランド・ゼロにツインの貿易センタービルもまだあった。かのシュワちゃんもカリフォルニア州知事に就任していない頃の話だ。誰にも親切でフレンドリーだったあの頃が今や、古き良きアメリカになってしまった。ついでに言えば、日本がバブルに沸いた時代だが、私たち家族は「バブル」を知らない。

アメリカへと居を移す時、搭乗した飛行機の尾翼の後部座席には、移民の一団が一種独特な雰囲気で載っていた。到着したサンフランシスコ空港で、彼らはパスポートの検閲に非常に手間取った。あの人たちも広大な国土に散らばっていったのだろう。

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アメリカ人は日本のように戸籍を持たず、個人主義だ。例えば、「notice!」という言葉をよく見かけた。日本人の自分が意訳すれば、「お知らせしたで!もう言うたから、あとはもう知らんでぇ」というようなカンジだろうか。住み始めれば、自己の責任がものをいう、適度に放っとかれることの心地良い、豊かな夢の国だった。自分の手柄では決してないのだが、この地に准教授という地位を得て研究する夫のおかげで、すぐ夢の国に溶け込めたことは幸いだった。
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アメリカの光と影は、ごくごく身近に当たり前に存在した。通った教会では、医者の奥さんが親切に英会話を教えて下さった。身重だった彼女は出産を済ませて3日で退院し、すぐに「It's my job 」とばかりに、生まれた子を片手に英語指導にきてくれた。密入国していた○子さんとも友達になった。漁船の底に潜んで、日本からこの国に渡ったのだそうだ。教会の一室の居候だ。こんな人たちが人種のるつぼのように混在する…アメリカとは一言で語り尽くせない国だ。

私は時折、この教会の礼拝堂のオルガンをお借りして、静謐な空気の中でレッスンした。広大な国土にあって、このオルガンの前が自分の居場所だと思えた。もちろん家族がいて家庭はある。けれど、自分なりの「Dreams Come True」を少しずつ叶えていった音楽の砦(とりで)は、この楽器の前だった。

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これからも、フロンティア・スピリットを内在するアメリカの良心が生き続けますように…。

Halloween

10月になると装いをハロウィンカラーでまとめる。黒い服にパンプキン色の小型リュックが定番。アメリカ暮らしの頃から続く習慣だ。ナーサリーやプレスクールでは「I'm a little Jack'O'Lantern …♪」と、息子たちが可愛い声でハロウィンソングを歌っていた。

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Jack'O'Lanternとはカボチャのお化けランタン(提灯)。この時期、シスコの街を、車で郊外へ繰り出すと、広大な畑には子供の背丈くらいのでっかいかパンプキンが転がっていた。清貧なアパートメントの我が家で、子どもたちとパンプキンをくり抜いてJack'O'Lantern(ジャコランタン)を作ったっけ。

帰国直後はハロウィンを知る人は僅かで、秘かにこの行事を楽しんでいた。息子たちが学校や園で作った魔女やオバケの作品をディスプレイしたり、ナーサリー・ソングを歌ったり。今や、2016年の日本は、商業ベースにのっとった外国の行事が溢れている。

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現地の教会で英会話教室のお世話をして下さった牧師夫人によれば、「やがてやってくる冬将軍を、お化けの恰好をして追い払うのよ!」ということだ。古代ケルトの儀式に端を発したなど諸説はあるが。

教会と言えば、「小さな可愛いチャペル」での音楽会。秋も深まりゆく季節にシーズンを迎え準備に余念がない。歌で幸せを届け、逆にお客さま方から頂く満ち足りた気分が積み重なる頃、例年のように私にとっての本物の冬が到来する。

暖 炉

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晩秋といえば、色あせない思い出がある。
ニュージャージーへと車を飛ばすと、
窓に流れる紅葉が鮮やかに真っ赤だった。
カリフォルニアの空とは違って
くっきり冷えた青空に赤い葉っぱが冴えていた。


ニューヨークはマンハッタンから、
北欧のバイキングのような大男クリストファーの
両親の家を訪ねた時のことだ。


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ニューヨーク行きが、
19THバプテストチャーチ・クワイアのFM放送出演と重なった。
このクワイア指導をしていたので、
泣く泣くFM出演を振り切って、夫の学会に従った。
だから、この時のFM出演はミュージックディレクターという
技術指導と名前だけの参加となったが、
良いことは重なるものなんだなとつくづくと思う。


クリスの両親は笑顔で迎えてくれた。夕食をご馳走になった後、
ラボのボスや夫たちが暖炉の前でくつろいだ。
UCSFの科学者が暖炉の前に座る姿はまるでカウボーイだ。
木の枝にマシュマロを刺して焼いててもおかしくない。
アメリカ人だから当たり前なんだけど、絵になる光景だ。


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あの時のクリスは、今はデューク大学のプロフェッサーときく。
葉っぱが色づく晩秋になると記憶の底からよみがえる
アーリーアメリカン調の暖炉の火の前の光景だ。

(フジコさんの「トロイメライ」は暖炉の炎のよう  ♪♪♪)

ハッピーハロウィン

サンフランシスコのハロウィンから四半世紀以上の年月が過ぎた。

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あの頃、私は幼い息子たちを連れた若いママだった。
かぼちゃをくり抜いて「ジャコランタン」を作ったり、
菫色に暮れなずんだ街の家々を子どもたちと
「trick or treat…♪」と巡ったり、遠い昔を思い出す。

思い出のアルバムは古びてしまったけれど、
おちゃめなアメリカの空気にに包まれて、
私たち家族は確かにそこで暮らしていた。
長男はプレスクール(幼稚園)、次男はナーサリー(保育園)で、
ハロウィン・パレードの列に加わり園庭を練り歩いた。

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さて、ハロウィン間近の来週、
大学院の大木先生のチェロと田中先生のピアノの音合わせを
ミレニアムホールで聴かせて頂けることになった。
先生方の本番の日はまさにハロウィン当日だ。
なんてステキな treat (おもてなし) だろう。
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秋も深まるにつれ、大学院へ通う道は真っ暗だ。
ハルカスがやけに天高くそびえて夜空に輝いている。
学校~ハルカス~サロン間を自由に泳ぎ回れるようになった。

若いママだった頃は、レッスンのための自分の時間が欲しかった。
子どもたちをナーサリーとプレスクールに車で送り届けて
大急ぎでコンサーバトリー音大の声楽のレッスン向かったものだ。

自分の時間を自由に使える時って巡リ来るものだ。
四半世紀を過ぎ、再び院で学べるとは想像もしなかった。
成人した息子達も応援してくれている。
あんなに急ぐように子育てしなくても良かったと自戒も込めて…
応援してくれる彼らに報いるよう いっぱい学んで研究しよう。

HAPPY HALLOWEEN

10月31日はハロウィンの日だ。
シスコの街にも晩秋が到来、日暮れ時が早くなる。
時計の針を「冬時間」に戻して、サマータイムはもうおしまい。
ショーウィンドゥに橙色のパンプキンが飾られ、
ジャッコランタン(Jack-o'-Lantern)がニカーと笑う。

 For Toddlers and Preschool Children: Halloween Words 
(↑ハロウィンに関係する言葉が出てくるよ。クリックしてね)


ハロウィンが近づくと
キンダーガーデン(プレ小学校)やナーサリー(保育園)では、
I'm a little Jack O'Lantern  と
おばけかぼちゃの歌が歌われる。


そして、黒い画用紙にキラキラの粉を振りかけて、
夜空を箒にまたがって飛ぶ Witch(魔女)の制作に夢中になる。
オバケのつもりらしいが、
一見、日本のテルテル坊主のような人形も作られていた。


ハロウィンの日の学校では、
みな思い々いのコスチュームを付けて周辺をパレードした。
ウチは、日本から持ってきた和服が役立った。
長男は浴衣でクラレンドン小学校周辺を、
次男は はっぴでフォーレスト・ナーサリースクール周辺を回った。
可愛い行進に、冬将軍も思わず攻撃の手を緩めそうだ。


「やがてやって来る冬将軍を、オバケの格好で追い払うのよ!」
19番街バプテスト教会の牧師先生の奥様に
ハロウィンの意味を教えて頂いた、


休日に、フリーウェイを飛ばして行った郊外では、
広大なパンプキン畑のど真ん中で、
子どもの背丈以上の巨大な実にも出会った。
ちょこんと長男をその上に座らせ記念写真をとった。
カリフォルニはカボチャでさえもスケールがデカい。


「Trick or Treat?」
かぼちゃのオバケ提灯にロウソクを燈している家は、
「トリック オア トリート(いたずらか おもてなしか)」と
尋ねて行ってもOKの合図なんだって。
子ども達のお伴をして、
私もシンデレラの扮装でヴィクトリア調の邸宅の門々を回ったけど、
日本から持って行った演奏会用ドレスが
こんなところで役立つとは思わなかったね。


私達家族の住むアパートメントの上の階から
しょっちゅう文句を言ってくるダイアナも、この日ばかりは、
子ども達にお菓子と可愛いテディベアの人形を持ってきてくれた。
その時の人形は今でも大切にしている。


日本では、この行事が済めばクリスマスへまっしぐら…。
アメリカでは次に、七面鳥の丸焼きのご馳走で祝う
サンクスギヴィングデー(感謝祭)を迎える。
それが済んだらクリスマス。シーズンは正月明けまで続く。


さて先日、ピアノの先生方と、
オバケの館「ロックアップ」にご一緒させて頂いた。
ハロウィンにはぴったりな演出のお店だ。
知音さんがブログに詳しく綴っていらっしゃいます ☆☆☆


同じく ご一緒した みかんぴあのさんは連チャンであくる日、
名誉教授の田中紘二先生とイタ飯食べに行かれたそう。
こちらもいいな~ピアノ談義に花が咲いたようですね!


ちょっぴり早めのハロウィン、
ありがとう「ロックアップ」はスリル満点のお店でした
そういえば、堺のチンチン電車の傍で昨日、
千と千尋の神隠しの顔なしさんを目撃したよ オバケ~☆


プロフィール

Diva

Author:Diva
声楽家 ソプラノ歌手
健康科学(歌唱)研究者


大阪教育大学大学院
教育学研究科
健康科学専攻
人間科学コース
発達人間学研究修了
修士(学術)


相愛大学音楽学部
声楽科卒 芸術学士
・山田耕筰の孫弟子
・声楽の恩師は
 109才まで現役指導を
 貫いた(故)嘉納愛子氏


サンフランシスコ
コンサーバトリー
音楽院(4年制音大)
にて研鑽を積む


ハルカス・サロン講師


大阪健康福祉短期大学
アバンスペース
健福興隆ハルカス大学
講座担当


♪******♪******♪


声楽とは
歌声を楽しむこと

花束の香りを
かぐように息を吸い
花びらの音符を
ちりばめて
歌いましょう♪

クラシック歌唱は
心身を健やかに導く…
そんな研究を
アカデミックに
発信しています

かつて暮らした街
サンフランシスコの
思い出とともに、
歌が紡ぐ日々の暮らしを
エッセイ風に綴ります

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