ドイツ人の感涙…声楽曲「野ばら」

1 著書:シンプル声楽法

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 来日したドイツのOetzelさんを、京都で、日本の童謡やクラシックの声楽曲を聴いてもらっておもてなしした話の続編です。


 次のレッスン日のことです。あれからOetzelさんは滞在先に戻ると、泣いて喜んでくださってたと、お連れしたAさんが皆に報告してくれました。彼のスマホで撮った写真も届けてくれました。


 日本でドイツの歌詞の「野ばら」を歌ってもらえるとは…と泣かれたそうです。みんなの声楽歌唱や、昔の京都の暮らしを描いた本でのおもてなしが、心をゆさぶったのかもしれません。


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 京都で日本人の歌う原語(ドイツ語)の声楽曲が、本場ドイツの方への最高のプレゼントになることを知りました。ヘタなモノマネで洋曲を歌っても通じないと思っていたけれど、涙してもらえるとは思いもしないことでした。


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 京都での一期一会のミニミニコンサート…Oetzelさんの来訪は、声楽の本当のあり方を捉えなおす良い機会でした。


ドイツからのお客さま

ブログの題名を「声楽♪虹の木もれ陽」にしました。

 宜しくお願いいたします。

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 京都に出講、ドイツ人のOetzelさんが、フランクフルトに長く住んだAさんに伴われ、見学にお越しくださった。


 レッスン生さんたちはさすが京都ブランド、突然の外国人の来訪にも臆することがない。みんなで「赤とんぼ」を歌っておもてなしした。歌を聴いたOetzelさんいわく、「この曲はとても好きな曲です」日本の童謡をご存じなのだ。


 タイムリーなことに、Kさんが京都のわらべ歌集を持ってきてくださってた。ほんわか昔の京の暮らしも描かれた本を目で楽しんでもらい、四季の愛唱歌をメドレーを耳で聴いてもらって、外国からのお客様に日本を味わってもらった。


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[いっしょにうたいまひょ] かもがわ出版

(挿絵は、京大のあの霊長類研究の博士の奥様が描いたとのこと)


 続くクラシック歌曲のレッスンでは、「音楽の本場ドイツから来られたから、クラシック歌曲は珍しくないでしょう」と冗談っぽく言ってAさんに通訳してもらった。欧米の歌曲を上手く歌うより、日本人は日本の歌を歌う方が情緒はより伝わることを、かつての異国暮らしで学んだ。その配慮からだ。


 OetzelさんとAさんの間に流暢なドイツ語が交わされる。声楽科の学生の時に履修した私のドイツ語は記憶の彼方。そのかわり、シューベルトの野ばらを原語で「Sah ein Knab'ein Röslein steh'n…♪」と歌ってコミュニケーションをはかった。


 最後に「ふるさと」をみんなで歌うと、Oetzelさんは「この歌 知ってます」と言った。小さな声で歌っていらした。ミニミニ コンサートでのおもてなし、やっぱり京都は国際都市だった。ようこそ日本へ!


この前にひとつ記事あり。まだでしたらご覧下さいませ。


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グランマ と マミー

下欄に追記あります。ご覧下さいね。

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 サンフランシスコでの子育て時代、子どもたちは時々、私のことを「マミー(Mammy)」と呼んでくれてた。プレイグラウンドで遊ぶたくさんの子どもが、滑り台のてっぺんから「マ~ミ~」と呼ぶ姿をよく見かけた。マミーは ほぼママの意、ちなみにパピィはパパ。


 マミーたちは、おやつ作りの手際がいい。シャカシャカと卵と粉を混ぜては、魔法のように、焼きあがりをオーブンから取り出した。「できたわよ~さあ、食べましょう!」 海外暮らしで出会った西洋のママたちの暮らしぶりを、最近入手した徹底してお金を使わないフランス人から学んだ本当の贅沢という本の中にも見つけた。


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 フランスでもお菓子は台所であっという間に作るらしい。パティシエの作るラグジュアリーなケーキとはほど遠く、フランスとアメリカの国は違えど、暮らしの贅肉を省いた合理性に共通のスピリットを感じる。マミーのお菓子には、創意と工夫に満ちた愛情たっぷりの本当の贅沢がある。院生の時に初めて知った「ハビトゥス」の概念にも近いものかも知れない。伝統と歴史…これはお金で買えないものだもの。

 

 在サンフランシスコの子育て真っ最中、私は、音大の戸をドンドン叩いて音楽学生になった。UCSFの准教の妻というアパート暮らしは清貧。ピアノは持たなかったから、教会のをお借りしてレッスンした。礼拝堂の静かな空気の中に、自分が奏でるオペラアリアが流れ、セレブなんていう言葉の究極の反対の時を持った。貧しさ、富裕、そして「侘び寂び」…どんな言葉があてはまるだろう。 

 

 ゴールデンウィークが間近だ。息子が家族連れで帰ってくる。孫には、私のことを「マミー」と呼んでもらってる。家族ぐるみ海外にあった時代のこの呼び名「マミー」は、カリフォルニア・シャワーの太陽と抜けるような青空の下で子育てに励んだ日の、自分自身の勲章だから。 


 ゴールデンウィーク中は、サンフランシスコで仕込んだレシピで、孫と「お菓子づくり」を一緒にやろう。リズナブルな粉や卵で。忙しすぎてお菓子が焼けなくても、まあいいや。せめて、開放した我が家のレッスン室で、みんなにグランドピアノで遊んでもらおう。本物の音楽性や心の贅沢は幼い心に沁み込ませておきたいから。


【 追 記 】

孫と作るお菓子の試作品ができました。クレープと泡立て生クリームを段々に重ねてちょこちょこっと。ミニバラ摘んできて、バイオリン型のスプーン立てを飾って、ちょっとしたお茶の時間。お値段内緒のメッチャ・リズナブル。アメリカ暮らしでは、マミーたちはもっとワイルドにやってましたけどね。


ケーキ


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 著書が読売新聞に掲載されました

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 シンプル声楽法:出版社 ペンコム

 

イースター … 復活祭

 サンフランシスコの住まいをたたんで、帰国を目前にした時期は、「イースター」の頃だった。荷造りを始めて気分はセンチメンタルではあったが、暮らした街の方は、春一色に移り変わっていた。ウィンドーには、カラフルに色づけされた復活のシンボルの「卵」。キュートな「バニー」も姿を現した。


 桜のかわりに、現地の日本人は、アーモンドのお花で「花見」をしていたなあ。桜の花によくにてるんだな、これがまた…。


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 つい先日の京都サロンからの帰り道、ショッピングモールの中に、イースターのシンボルのウサギや卵のお菓子を見つけた。いまだに気分は「I left my heart in San Francisco. High on a hill, it calls to me. To be where little cable cars climb halfway …」。こんなのを見ると、気持ちが、あの頃に雪崩を打って戻ってしまう。


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 サンフランシスコの春は、全ての花々が待ちかねたように一斉にウワーッと咲く。長男の手を引き、次男をベビーカーに乗せ、ミモザ咲く春の坂道を登り降りした。散歩の途中で見かけたお店に入り、買ったアメリカンテイストのシールで、ささやかな喜びを味わった。研究者の妻は清貧。ビクトリア調の建物が立ち並ぶ中の、ちっちゃなアパートで暮らしてたから。


 京都からの帰り道で出会った「PLAZA」のお店には、当時と変わらぬ「Mrs.Grossman's」のシールが並んでた。時代を経て変わらぬものがある。春先の卵とバニー、イースターの声を聞くとよみがえるサンフランシスコの空気…。

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シンプル声楽法(←クリックしてね♪)

アメリカとトランプ・ゲーム

ありえへんことが起こり、青天の霹靂のようにトランプさんが大統領に就任して久しい。かもす物議に、我々日本国は固唾を飲んで見守るばかり。そんな中、安倍総理は今夜アメリカへと飛び立つ。

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アメリカ大統領はボイストレーニングを積むと聞く。大衆の心を掴むため、信頼おける「声」で演説を行う必要があるからだ。個人的には、オバマさんやクリントンさんには、人の質やアメリカの良心というものがその響きの中に感じられた。

今回はかなりの辛口だが、「声」に関しては、トランプ大統領にはゲスい印象がつきまとう。「声」が相手に伝える情報とは、言葉の内容が3割、それ以外の響きであったり声色であったり声の表情が7割という説もある。「好き・嫌い」を反対の気持ちで言っても、本心が伝わってしまうあの道理だ。

声の周辺事情は、コミュニケーションの道具として、かくも大きな役割を果たす。音楽も音符や強弱記号の羅列でだけは、人の心が掴めないのと同じだ。トランプさんの演説は、あれだけの票で当選したのだから、人それぞれに思う所はあったのだろう。ここで言うのは、あくまでも「声の響き」に関してのこと。

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少し前まで「American Dream」の国で暮らしたと、はばからず言えた。今は、ビジネスライクな政治に翻弄されるアメリカのゆく末を見守るばかり。在住経験を言い淀んでしまいそうだ。

かつての隣人達はどうしているだろう。The University of California, San Francisco (UCSF)で研究生活を送った夫に尋ねると、「彼らは変わらんよ」と答えた。研究者たちは、モクモクとと研究にいそしみ、アメリカの良心という屋台骨を支えているだろう。

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私たち家族が暮らしたのは、カーター大統領の時代で、NYのグランド・ゼロにツインの貿易センタービルもまだあった。かのシュワちゃんもカリフォルニア州知事に就任していない頃の話だ。誰にも親切でフレンドリーだったあの頃が今や、古き良きアメリカになってしまった。ついでに言えば、日本がバブルに沸いた時代だが、私たち家族は「バブル」を知らない。

アメリカへと居を移す時、搭乗した飛行機の尾翼の後部座席には、移民の一団が一種独特な雰囲気で載っていた。到着したサンフランシスコ空港で、彼らはパスポートの検閲に非常に手間取った。あの人たちも広大な国土に散らばっていったのだろう。

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アメリカ人は日本のように戸籍を持たず、個人主義だ。例えば、「notice!」という言葉をよく見かけた。日本人の自分が意訳すれば、「お知らせしたで!もう言うたから、あとはもう知らんでぇ」というようなカンジだろうか。住み始めれば、自己の責任がものをいう、適度に放っとかれることの心地良い、豊かな夢の国だった。自分の手柄では決してないのだが、この地に准教授という地位を得て研究する夫のおかげで、すぐ夢の国に溶け込めたことは幸いだった。
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アメリカの光と影は、ごくごく身近に当たり前に存在した。通った教会では、医者の奥さんが親切に英会話を教えて下さった。身重だった彼女は出産を済ませて3日で退院し、すぐに「It's my job 」とばかりに、生まれた子を片手に英語指導にきてくれた。密入国していた○子さんとも友達になった。漁船の底に潜んで、日本からこの国に渡ったのだそうだ。教会の一室の居候だ。こんな人たちが人種のるつぼのように混在する…アメリカとは一言で語り尽くせない国だ。

私は時折、この教会の礼拝堂のオルガンをお借りして、静謐な空気の中でレッスンした。広大な国土にあって、このオルガンの前が自分の居場所だと思えた。もちろん家族がいて家庭はある。けれど、自分なりの「Dreams Come True」を少しずつ叶えていった音楽の砦(とりで)は、この楽器の前だった。

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これからも、フロンティア・スピリットを内在するアメリカの良心が生き続けますように…。
プロフィール

Diva

Author:Diva
中野陽子

声楽家 ソプラノ歌手
山田耕筰の孫弟子
声楽の健康科学 研究者


相愛大学音楽学部
声楽科卒 芸術学士
・109才まで現役指導者
 故 嘉納愛子氏に師事


サンフランシスコ
コンサーバトリー
音楽院[4年制音大]
にて研鑽を積む


大阪教育大学大学院
教育学研究科
健康科学専攻
人間科学コース
発達人間学研究修了
修士(学術)


ハルカスを拠点として、マスメディア・デパート・大学関連講座の講師をつとめています


●読売新聞大阪本社・讀賣TVを運営母体とする文化センター講師


●ハルカス近鉄本店 文化サロン他 講師


●大阪健康福祉短期大学
健福ハルカス大学 講師


声楽を軸に、歌う日々やサンフランシスコ暮らしの懐古をエッセイ風に綴ります。

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