fc2ブログ

お盆によせて・。・。

 お盆です。早朝の公園ウォーキング、黄色く色づく桜の木の葉っぱがハラハラと散っていました。ツクツクホーシも鳴き出しました。暦の上ではもう秋。季節の移ろいが感じられます。


IMG_20220810_065513.jpg


 お盆は「終戦の日」でもあります。「戦争を知らない子どもたち」にとって、戦争は遠い遠い昔の話。平和の中で、大人たちが経験した太平洋戦争などの話を伝え聞きました。けれど今年は状況が異なります。この時代、ウクライナがミサイルで攻撃され、戦禍は他人事ではなくなったのです。


 山田耕筰について調べる機会がありました。「赤とんぼ」など心なごむ作品を数々 残した耕筰ですが、戦時中は国威発揚の音楽活動を精力的にこなし、軍と国民を鼓舞しました。そのため、戦後は戦犯として糾弾されました。反面、意外な角度から彼を語る証言もあります。


IMG_20220806_082951.jpg


 戦争が始まると、音楽家の活動の場は無くなってゆきました。しかし「音楽は大東亜戦争の軍需品」と堀内敬三が謳い、耕筰もまた、同じ意義を音楽に定めました。生き残りをかけた音楽家たちは、音楽挺身隊で演奏することに活路を見い出してゆきます(後藤暢子著,ミネルヴァ日本評伝選 山田耕筰,2014)。


 ある歌い手が、戦時中の音楽界を牽引した耕筰について「困窮する私たちに活動の場を提供してくれた」と証言するのを、NHKのインタビューで聞いたことがあります。戦争とコロナでは状況は全く異なります。けれどパタリとコンサート依頼の無くなったコロナ禍を思えば、戦時下で演奏の機会を無くした演奏家にとっての耕筰は、まさに救世主であったことが想像されるのです。


 終戦を迎え、耕筰は、長崎に落とされた原爆をテーマに「南天の花」という歌曲を作曲しました。この淡々とした曲を聴くと、二度と戦争なんてあってはならないと、静かな意思が心の底から湧き上がってくるように感じられました。


201512180000.jpg 南天の花  前掲記事 


 猛暑・コロナ・ウクライナ・安倍さん暗殺、世の中 激変で迎えるお盆です。けれど、悠久の歴史を伝える仁徳陵古墳(大仙陵)に、今日も陽は昇りました。「夜明けの来ない夜は無いさ…」の歌詞が思い起こされます。お盆です。朝日の中に、戦没者を弔う「平和の塔」がシルエットで浮かびあがりました。ご先祖さま、私たちも歴史という襷(たすき)をつないでまいります。なにとぞ お見守りください (-人-)


IMG_20220808_052607.jpg 日の出と平和の塔

根っこと新芽の生命力♪

 うわあ、根っことちっちゃな新芽が! 東京に住まう長男とお嫁ちゃんが贈ってくれた花束の、隙間を埋めていた小さな小さなグリーンの一枝から、根が出て新芽までついたのです。


IMG_20220806_082636.jpg


 花束は我が家のレッスン室に飾りました。ピアノを弾いて歌う合間に眺めると、長男夫婦が身近に感じられて、心がホンワカなごみました。


IMG_20220509_113842.jpg


 あのノーベル賞の山中伸弥先生が言っていました。植物は全身がIPS細胞なんだと。小さな一枝が、元の植物として育っていくとは、すごい生命力です。根っこの出た一枝は、孫が赤ちゃんだった時のベビーフードの空きビンに移し替え、キッチンの窓辺に置いて観察しています。


 さてお盆。長男夫婦は仕事の関係で帰省はしません。かわりに 窓辺に置いた一枝が、彼らの元気を伝えてくれてるよう。次男ファミリーは帰省してしばらく滞在します。息子たちは家から巣立ち、家庭を持って 地に根を張り、夫となりパパとなって成長を続けます。人生を共に歩む彼らの伴侶には心より感謝。孫という新芽は これからグングン伸び盛り。


 帰省を迎える側なので、食事の心づもりもしなくちゃいけません。若い世代に合わせ、がっつり ミディアム・ハンバーグの「ビッグジョー」で会食もいいな。


IMG_20220507_121343-COLLAGE.jpg


 このお店の奥まった部屋は落ち着いた雰囲気。くつろいで 会食できます。あの優雅な隠れ家的レストランのモーニングにも案内したい。


IMG_20220507_124208.jpg


 そうそう、去年の夏のバケーションは、「日本のアマルフィ」と称される隠れ人気スポットへの小旅行でした。サロンで「Time To Say Goodbye」を歌っていましたが、この曲って 映画「アマルフィ」のテーマ音楽だったんですね。音楽のタネって思わぬところに転がってて、話はつながってくる。種から根が出て葉が出て、歌声になって、花開く・。・。
 前掲記事(去年の夏)


 お盆の期間は音楽活動はOFF。ご先祖様に感謝しつつ、家族と共に過ごします。皆さま どうぞ 楽しい夏休みを 

国ガチャ

 論考を完成させてホッと一息。歌曲「野薔薇 作曲:山田耕筰」をテーマに書きあげました。掲載された冊子は、大学のある高野山のてっぺんから発行されます。ご指導やアドバイスくださった教授は哲学がご専門。哲学と芸術ってなんだか似ている。
 高野山大学


hotarugari_main_tit01.jpg


 さてさて一段落ついたので「アトリエ・うかい」の吹き寄せを楽しむつもり。コロナでお休みを延長したサロン生さんから、銀座菊廼舎の富貴寄(ふきよせ)も届きました。どちらも小さな可愛いお菓子。本と紅茶をおともに、ゆっくり味わおう。


2205676_04_LL.jpg


 最近 「国ガチャ」がSNSで広がりました。日本に住むロシア人の女の子のツイートしたんだって。「日本に住めるだけで大当たり、甘えんな」ってことらしい。日本にも貧困格差はあるし、個人的にどうにもならないこともあるけれど、日本とロシア両方を知る子が言うと説得力あるなあ。


 たしかに、論考書くのに没頭しようが、ピアノをガンガン弾こうが、愛国心込めて歌曲を歌おうが、憲兵みたいなのにしょっぴかれる心配はない。ミサイルやバクダンが飛んでくる脅威も今のところない。物価は値上がってはいるものの、お財布管理さえ怠りなくば、ティータイムだって優雅に楽しめる。


f296610c7db37020d6e9e5bc3b777ca4[1]


 ショパンコンクールで2位になった反田恭平氏が、彼の著書「終止符の無い人生」で語っていた。留学したモスクワ音楽院の模様を。寮での生活は、日本なら「こりゃヤバイっしょ」のあまりに過酷なレベル。なので、日本在住ロシア人の女の子のつぶやく「国ガチャ」も理解できる気がする。


 音大の4回生というはるかな遠い昔、声楽の恩師にお供して、ヨーロッパを遊学して回ったことがあった。チェコとスロバキアが一体で、ひとつの社会主義国を形成していた時代のこと。華やかでシックな街並みや音楽会を目の当たりにして、西洋の国々にただただ魅了された。


 けれどただひとつチェコスロバキアだけは、ホテルの食事時に、やる気無なさそうな無表情の給仕が、曇って薄汚れたコップを運んできたので、すごく印象に残ってる。給仕個人の問題ではない。食文化は立派に受け継がれて料理は絶妙だったのに、その場を覆う、一生懸命働いてコップ洗ってもおんなじでしょという空気を敏感に感じとってしまったのだ。


large.jpg 
チェコスロバキアのカレル橋とプラハ城


 ああ、これが社会主義の国というものか。西と東の国の落差を肌身で感じた。街には「プラハの春(スターリン的しめつけへの反発で自由化運動がおこった時期)」の残像。プラハ城に配属された兵は怖い顔で、銃をぶっぱなしそうだったし。活気に満ちて楽し気なパリやロンドンやウィーンやフレンツェという西側諸国を巡っただけに、あの時の違和感はすごく覚えてる。ちなみにチェコスロバキアの国は、1989年のビロード革命の後、共産党政権が崩壊して終わりを告げた。


IMG_20191227_121909[1] サロンのグランドピアノ


 国ガチャで日本は大当たりと、日本在住のロシア人の女の子は言う。明日はハルカスのサロンでレッスンだ。さあ、執筆から演奏の日常に舵を切ろう。コロナでもウクライナでも猛暑でも、ハルカス界隈の賑わいは変わらない。きな臭く混沌としてきた世界の中の、日本の立ち位置はよーく注視しつつ、平和のうちに「原爆の日」を迎える国に住む恩恵には浴さなくちゃ。

あぁ~!締め切りがぁ~!!

 論文投稿の締め切りが近づいてくる。院の健康科学の専攻長だった教授のお声かけで、高野山大学から、山田耕筰の資料や耕筰歌曲の唱法のあれこれを発表する機会をいただいたのだ。前回・前々回は先輩の三上先生との共著で「コロナ禍の音楽の取り組み」を発表した。今回は単著として執筆中。先輩とのご縁あればこそ、ありがたや。7月末までに書きあげなくちゃ。


201405221842.jpg 論文の資料となる楽譜


 書くとなれば、演奏とは異なる責任が生じる。歌う時にも調べ物はするが、舞台で歌声を披露するだけでよかった。けれど論文となると、根拠に基づき論立てして導き出した結果をもって、声楽の未来を展望したい。感性だけで歌った時とはまた違う。


 もともと大学院で師事したのは、ピアニストを夢見た精神科医の教授だった。サポート役は、臨床心理士で統計学に強い人間科学分野の准教だった。舞台でブーイングをあびることなどめったに無いが、科学は批判されてナンボの世界。異分野の先生方に叩かれ薫陶を受け、音大とは全く異なる育てられ方をしたものだ。もちろん音楽でお世話になった先生はいるが、声楽家ではなく、チェリストの教授であった。


 今回  論文発表に声かけくださったのは、東大の哲学を出た 社会教育学の教授だ。色々な分野が刺激しあってヒントを得てアイデアが生まれる。先生はこれを「学際」と言われた。


32529338-classical-music-concept-piano-and-cello[1]


 「こんなカンジ~?」で歌ってた歌も、ロジカルに整理し資料で裏付けると、ゆるがぬ「確信犯」的演奏となるものだ。耕筰の自伝を読み返し、声楽の恩師から託された資料をあたり、今は亡きピアニストの叔母から譲り受けた全集の頁を繰り、大昔のレッスンの楽譜への書き込みを確認した。こんな作業を伴った執筆が、歌い慣れた歌曲の芸術性と表現の幅を、おおいに広げてくれないはずはない。


 おまけにピアノに真面目に取り組み出しているところだったから、自分の発する歌声とピアノの音色の溶け合う中に、今までにまして、耕筰歌曲の和声の響きと旋律の動きの美しさが体感される。論文で思索した解釈を、伴奏を弾いて歌う一人二役で表現してみる。こんな自己完結の演奏には、コラボレーションに無い面白さがある。


images[6]


 声楽恩師から受け継いだ山田耕筰の様々な資料や口承をまとめることは、長い間の自らへのミッションでした。発表の場をいただけたことに感謝しつつ、孫弟子の自分にしか書けない論考「愛と祈りの歌『野薔薇』山田耕筰作曲」の執筆に、しばらく専心する所存。  

アベ・マリア

 奈良のサロンは、まさに大和西大寺駅前の奈良ファミリーにある。いつも通うあの道で事件はおき、安倍元首相は銃弾に倒れた。二日違えば、駅に降り立ち、騒然とした場に出くわしていただろう。


 奈良のサロンの窓の外には平城宮跡が広がっていると、このブログにはよく書いた。いにしえの政りごとを司った平城京から、ドクターヘリで空に昇っていった安倍元首相を思うと、象徴的ななにかを感じてならない。平城京は西暦710年にでき、律令制に基づいた政治の中心地ととなった。717年には阿倍仲麻呂が遣唐使として出立もしている。都の中央北端には、律令国家の政治の中枢・平城宮が置かれていたのだ。


 奈良は生活圏に近いという生徒さんも多い。西大寺の駅前に花を手向けに行ったという方がいた。また、あの時の安倍さんの隣に立った立候補者と、生徒さんの息子が友達同士という方もいた。次のサロンの日には、窓の外に広がる平城宮跡に黙とうを捧げ、皆と、レクイエム(鎮魂歌)としての「アベ・マリア」を唱和しようと思う。

eyecatch-funeralflower.jpg

プロフィール

Diva

Author:Diva
中野陽子

声楽家 ソプラノ歌手
山田耕筰の孫弟子
健康科学としての声楽 研究者
発声健康法の草分け


6才でピアニストの叔母の伴奏にて「おつかいアリさん」を歌い、大阪中之島のガスビルホールで声楽デビュー
故 嘉納愛子氏に声楽を師事


大阪府立泉陽高等学校卒
相愛大学音楽学部 声楽科卒
芸術学士


大阪教育大学大学院
教育学研究科
健康科学専攻
人間科学コース
発達人間学研究修了
修士(学術)


夫のカリフォルニア大学
サンフランシスコ医学校
(UCSF)赴任に伴い
家族ぐるみ渡米


サンフランシスコ
コンサーバトリー音楽院
(4年制音楽大学)にて研鑽


関西大学 梅田キャンパス
KANDAI Me RISE
及び
大阪健康福祉短期大学
ハルカス講座  元講師


現在、演奏活動と並行し、
ハルカスを主な拠点に
声楽指導に従事
●あべのハルカス近鉄本店
 文化サロン 講師
●高島屋 堺 十字屋 講師
●混声合唱団「陽」
 ボイストレーナーその他


Arts and Sciences
(アート アンド サイエンス)
な日々をエッセイ風に、
文章と音楽で綴ります

リンク
カレンダー
07 | 2022/08 | 09
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
月別アーカイブ
カテゴリ