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季節は初夏へ

 そろりそろりと解除後、止まった街が動き出す。時は はや五月下旬。仁徳陵の大仙公園の薔薇は今が盛り。

薔薇

 仁徳ご陵の西側は、知る人ぞ知る地元民の癒しスポット。ケシの花がつい先日まで咲き乱れていた。五月は「皐月」。堺が生んだ歌人 与謝野晶子は、遊学先のフランスでケシの花を詠った。 
 
ああ皐月 仏蘭西の 野は 火の色す
君も 雛嬰粟 (コクリコ) 我も 雛嬰粟

kokuriko.jpg

 5月29日は与謝野晶子の『白桜忌』だ。

 晶子もまた、スペイン風邪の脅威にさらされた。これは、時おり舞い込むショートメールの送り主、湘南に住む元生徒さんからの情報で知った。教えてくれてありがとう、M子さん。検索して調べると、晶子の感染症対策や心構えが実に興味深い。

 ある記事には、「スペイン風邪流行当時の与謝野晶子(よさのあきこ)による日本政府批判も紹介している。晶子はこのころ11人の子の母で、家族の多くが感染したのだった。『大呉服店、学校、興行物、大工場、大展覧会等、多くの人間の密集する場所の一時休業を(なぜ)命じなかったのでせうか』」とあった。

 現代は、政府が緊急事態宣言を出し、商業施設・学校・イベントへの対策をはじめとした「密集・密閉・密接を避ける」意識も浸透した。国民の外出自粛でなんとかパンデミックは回避できた。下は、当時の挿絵「うがひ マスク」。100年たった今も、私たちのできる感染予防策は全く変わらない。

与謝野晶子 
 
 また晶子は、感染予防について以下のように決心している。ウィズコロナを生きる現代の私たちへ伝えたい 先達の心得にも思える文章だ。

「私は今、この生命の不安な流行病の時節に、何よりも人事を尽して天命を待とうと思います。『人事を尽す』ことが人生の目的でなければなりません。例えば、流行感冒に対するあらゆる予防と抵抗とを尽さないで、むざむざと病毒に感染して死の手に攫取(かくしゅ)されるような事は、魯鈍とも、怠惰とも、卑怯とも、云いようのない遺憾な事だと思います」(日本魂第14巻8号 1929年8月 寄稿)
 帝国データバンク

 晶子は「第二波」の方が強力だったと述懐していたように記憶する。そして、子どもたちを守りスペイン風邪を乗り越えた晶子は、活躍を続け、1042年に肺炎で亡くなる。5月29日だった。晶子生誕の地 堺では例年この日に「白桜忌」が営まれる。(本年は新型コロナの影響で開催不明)

 これから、現代の私たちは、コロナと共に歩む第2ステージへ。先人と歴史に学んで、成長して、アフターコロナのステージを迎えよう。またやってくる日まで、声楽の灯を燈し続けよう♪

巴里なる オペラの 前の 大海に 我も ただよう 夏のゆうぐれ (巴里初夏:晶子)

利晶の杜

利晶の杜もオープンしました。堺へお越しくださいね!

堺・木造灯台 ライトアップ

青信号

大阪府コロナ警戒信号が青になりました。

堺の灯台にも青が燈りました。


灯台は、仁徳陵古墳からそう遠くない距離にあります。

太古、葺き石に白く輝く仁徳陵もまた、

海を渡ってやってくる船のランドマーク(目印)でした。

運動がてら灯台まで散歩しました。

港に着いた時はまだ明るくて、

真っ白の灯台が鮮やかに青い空と海に映えていました。


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大航海時代のヨーロッパ と 戦国時代の日本。

このふたつの年代は重なります。

遥か海の彼方の国々は、

「黄金のジパング」「東洋のベニス」に憧れました。

今も堺には、南蛮貿易で栄え金銀財宝が流れこんだ

裕福な街の残り香が漂います。

 サライ


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さて現在。

海が入り陽に輝き出し、夕暮れが近づいてきました。

灯台の警戒信号ライトアップを見にきた

ご近所さんの姿もちらほら。


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ワイン片手に、夕陽を浴びた人の笑顔がステキです。

物見遊山のライトアップ見物ではなく、

コロナを正しく恐れ、

ほどよく抑制のきいた堺の町衆はいいカンジ。

太陽は沈み、そしてまた昇る。


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あ!点灯されました。

まだあたりは明るい黄昏時、

灯台にかすかな火影(ほかげ)が浮かびます。


やがて海と空は漆黒の闇に包まれてゆきました。

空に宵の明星、

湾の向こうにさんざめく工場夜景の光。


堺灯台 青信号


写真は、

大阪府のコロナ警告信号に同調し、

打てば響くようにライトアップしてくださった

堺の永藤市長のツイッターから。

「自由に使ってください」とあったのでいただきました。


同じく大阪 寝屋川の広瀬市長は、

政府のコロナ対策が真っ暗闇のさなか、

以下のようなツイートをしておられました。


【我々地方自治体は例えるなら

“乗客を乗せて飛ぶ旅客機”です。


嵐で先が見えない中、飛行機を飛ばし

“燃料がつきる前”に着陸させなければなりません。

そのためには“管制塔”からの“的確な誘導”が必要です。


国の誘導が不明確なら、

大阪府という“管制塔”を信じて

府下の43機は安全な着陸を目指します】




大阪府が政府に先駆けまとまり良いのは、

各自治体の垣根を超えた取り組みあればこそ。

船が迷わぬよう目印となる灯台も

飛行機の無事着陸を誘導する管制塔も、

非常時下において粛々と、

各々その役割を果たしてくれていたのですね。


これからはウィズコロナ。

私たちも、青信号が長く続くよう、

「マスク」や3密を避けた「ソシアルディスタンス」で、

やれることをシンプルに遂行してゆきましょう。

お互い距離は遠いけれど、心はあなたのそばに…。


コロナが落ち着いて、

またみんなで羽を伸ばして心おきなく音楽する日を

楽しみにしています。

日本最古の木造灯台や世界遺産の仁徳陵の「堺」へも、

ぜひぜひ 遊びに来てくださいね。


大阪モデル 堺も信号ライトアップ

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大阪府新型コロナ警戒信号、
通天閣が黄信号にライトアップ。

堺はちょっとちゃうよ。おしゃれやよ。
堺市民芸術文化ホールのライトアップ、
フニーチェ堺に黄信号が灯ってます

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コロナコロナで出歩かなかったけれど、
久しぶりに来た文化芸術の殿堂。
音楽ホールくんも今できること…
信号に合わせたライトアップでがんばってます

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青信号が点灯したら嬉しいやろね。
14日まで黄信号(感染経路不明・陽性率・重症病床使用率)が続けば、
青に変わっておそるおそる自粛解除とか。

ウィズコロナの期間は、
信号も青になったり赤になったり…。

心おきなく大きな声で歌って笑える日まで、
健康のためにも肺を鍛えるためにも(ここ大事!!)
なりきり歌姫で「ソロ」レッスンしとこうぜぃ♪

 NHKニュース 大阪モデル達成状況ライトアップ

 吉村大阪府知事からも「堺ライトアップ ありがとう」

9月入学

 今日は子どもの日だ。緊急事態宣言が延長され、休校中の子どもを抱えた親ごさんたちは、さぞかしたいへんだろう。子育てはとうの昔に卒業、往来自粛で孫のお世話もできないが、公園で子どもを遊ばせる若いパパママを見かけると、エールのつもりで笑顔をおくる。返ってくる笑顔に、こちらが反対に癒される。


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 「9月入学」案が、小池都知事や吉村知事他から出ている。明治時代は9月入学とは初めて知った。なし崩し的に学校が再開されれば、夏休みや土日返上で、学習指導要綱に基づく授業を詰め込まなくてはならない。教育現場を抱える各首長さんにとって切実な問題だ。学校が再開されても、次のコロナの波が予想される。政府は諸事情を鑑み、「9月入学」検討の指示を出した。


 もともと私は「9月入学」に違和感を持っていない。むしろ、アメリカ暮らしの経験から、賛成の立場にある。


 海外渡航という大人の事情に、子ども時代を振り回された長男は、「9月入学」と「4月入学」の両方を体験した。大人になり、再びアメリカの学期システムの中で、ポスドクとして研究を続けた。そして、ニューヨークのキャリアフォーラムで、日本企業の研究職をゲットした。ノーベル賞の吉野先生を輩出したあの会社だ。子どもは翻弄される。しかし順応するのもすぐだ。彼の軌跡をたどると、入学が春であっても秋であっても、そんなことは人生のほんの一部。「人間万事 塞翁が馬」だ。


 僭越ながら、彼のブログ(2012年)読んでいただけると嬉しい。開設してまもなく仕事が忙しく休止したブログですが、コロナ禍に急浮上した「9月入学」にピタリの内容で…w(°0°)w!!

 理系博士のひとりごと 


 交通網の発達によって、瞬時に「人」が移動するのが現代だ。新型コロナの世界各国への瞬く間の蔓延が、グローバルな人の動きが もはや 止められるものでないことをあぶり出した。


 「9月入学」の世界照準に合わせるのは、なにもコロナに乗じてではない。東大がかつて提唱し、議論が重ねられた経緯がある。世界から日本を俯瞰しても、現在の状況からからしても、「9月入学」はありかと思う。東大の9月入学が実現に至らなかった理由の一つに、日本企業の就職受け入れシステムのネックがあったと聞く。コロナ禍にあっては、産官学の気概と政治や文科省の本気度が問われるところだ。


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 写真はサンフランシスコ市立クラレンドン小学校JBBP。長男は、5歳の年の夏に、ここに入学するための審査を受けた。そして9月に晴れて新入生となった。学期は、セメスター(2学期制)だったと記憶する。子を持つ親として私も、PTA [Parent-Teacher Association(親と先生の組織)]との関わりが、秋から始まった。


 日本への帰国は、夫の大学勤務に合わせ、新年度が始まる4月だった。なので、息子達もまた、4月を境に日本の環境に入っていった。家族は新しい環境や異なるシステムに適応していったが、人が環境に適応する柔軟さは、普遍的に多くの人に備わる能力と考える。事実、コロナで休校中の日本の現役生へのアンケートでは、「9月入学」に賛成の回答が多いと聞く。


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 こちらの写真は、フォーレストヒル ナーサリーの卒園証(1986年6月12日)。この園からは長男ともう一人の卒園者があった。房のついた博士帽を冠って、卒園式をしてもらった。そして9月、クラレンドン小学校に入学した。学校は、自由すぎるくらいのフロンティアスピリットに満ちていた。この国のこんな教育が、多くのノーベル賞受賞者の輩出につながるのだなと納得だった。ひとつの学業を成し終え、長い夏休みに充電、爽やかな秋に進級する。区切りとして実に合理的。


 日本の4月入学のデメリットとして、真冬の受験期があげられる。ウチは、兄弟でインフルエンザがうつらないよう、気をもんだ。雪が降り積もった日には、交通機関がストップしないか案じ、冷えてお腹痛にならないか心配し、カイロを持たせて入試会場に向かわせた。受験勉強は正月返上だ。これは、どの親ごさんにも共通の経験だ。「9月入学」は、極寒の問題を回避させてくれる。


 コロナ休校が解除されれば、長い休みの遅れを取り戻すため、土日も夏休みも返上だろう。詰め込まれる学習指導要領の内容と分量に無理はないだろうか。9月入学と4月入学を体験した保護者として、日米両国で現場に関わった教育者として、「9月入学」を視野に入れた柔軟な対応を求めたい。


 日本はパンデミックを何とか抑え、行動変容して、ウィズ・コロナへと歩を進めつつある。ポスト・コロナのころには社会も大きく様変わりすることだろう。学校の先生を育成する教育大学の大学院で健康科学を専攻したが、サイエンスの授業で「地球の激変に生き残ったのは、環境に合わせて変化できたもの」と習った。生き残るために変わってゆこう。

 

コロナの今、ルーティンワーク

 ゴールデンウィークに入りました。息子一家がオンライン帰省してくれました。毎日 運動に出かける大仙公園は、地元住人を見かけるだけで、遠方の外出自粛の方々に申し訳ないくらい人出が少ない。せめて、風薫る新緑の候、世界遺産の仁徳陵の空に泳ぐ鯉のぼりの姿を写真でお届けいたします。


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 在宅が続くこの機会に腕を磨きなおしています。この自粛生活を無為に過ごしたら、医療やライフラインに従事する方々や、休校中の子どもと一日中接してる親御さんたちに申し訳が立ちませんものね。


 さて、毎日のルーティンワークもほぼ決まってきました。ルーティンとは「決まった手順」「お決まりの所作」「日課」の意。コロナ以前ならサロン指導が 即 自分のレッスンでしたが、今はレッスンを、日々のルーティンに落とし込んでいます。声楽・ピアノ・ストレッチでワンセット。

 

 先ずは声楽。リート(歌曲)とアリア(オペラ)を3曲ずつ。伴奏合わせができない今、カラオケ オペラやピアノ伴奏のCDは強い味方。オーケストラの音に包まれて 思いのたけ歌います。


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 そしてピアノ。シューマンの「トロイメライ」です。曲自体は難しいものではありません。けれど、音大生の時、ピアノの先生がものすごく怖い先生で萎縮して仕上げられなかった。卒業後ずっとひきずってたのですが、練習を再開してやっと、曲が何を語っているか、作曲者が何を言いたいか、表現できるようになってきました。その他、レハールのメリーウィドーワルツ。いつも伴奏者任せでしたが、自分で弾くと、ピアニストの苦労がよくわかります。その他 もろもろ。


 声楽とピアノの間に、体をほぐす運動兼ねた バレエもどきの体幹トレーニングもします。フィギュアスケートをするサロン生さんにアドバイスしてもらったポーズ(スパイラル)のまねごとも。やはりクラシック畑の人間なので、運動にしてもスポーツのようにはゆかず、歌曲やオペラの身のこなしに合う優雅な動作になってしまいます。楽器としての体に再構築。良い姿勢が維持できるよう心がけています。


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 コロナ禍の自粛生活の今だからこそ、たっぷりある時間。思索や知見を広げることに費せます。テレワークっぽく、大学院の名誉教授Y先生との交流が 同窓会HP掲示板が始まりましたが、オンラインでのゼミは良い刺激です。また僭越ながら 外出自粛を共に過ごす夫は科学の世界の研究者なので、家族と言えども、散歩の折などにサイエンスの世界に触れさせてくれるのがありがたい。SNSでの発信も欠かせません。このブログに、少ないながらも、ブロ友やサロン生や執筆した著書を通しての来訪者があります。文章を書いたり写真を取材したりするのは、知的作業で楽しい。


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世界遺産 仁徳陵古墳群のそばの4つ葉のクローバー


 あれ?これって、演奏に没頭して学んで執筆するっていう、ずうっと憧れてた生活やん!?と思い至っています。もともと、芸術の世界に住む者は生活が清貧。にわか仕立てのブルジョワとは一線を画し、消費に走るヒマがあれば、芸の品格を磨きたい。こんなスタンスなので、文化活動が止まり収入ゼロの今もあわてません。無駄をそぎ落とした暮らしだからこそ、生まれる贅沢もあると思っています。今できることを、なにげない暮らしのルーティンワークに。


 下は、最近レッスンで歌っている曲。コロナでがんばる人たちへの応援カラーで歌詞を載せました。コロナ明けには、世界は生まれ変わっているかな?遠くの希望の灯りに向かって歩き続けましょう♪


「坂の上の雲」司馬遼太郎

   Stand Alone 


ちいさな光が 歩んだ道を照らす
希望のつぼみが 遠くを見つめていた
迷い悩むほどに 人は強さを掴むから 夢をみる
凛として旅立つ 一朶の雲を目指し


わたしは信じる 新たな時がめぐる

凛として旅立つ 一朶の雲を目指し



プロフィール

Diva

Author:Diva
中野陽子

声楽家 ソプラノ歌手
山田耕筰の孫弟子


Master of
Art and Science
修士(学術)
大阪教育大学大学院
教育学研究科
健康科学専攻
人間科学コース
発達人間学研究修了


芸術学士
相愛大学音楽学部 声楽科卒
・109才まで現役指導者
 故嘉納愛子氏に師事


夫のカリフォルニア大学
サンフランシスコ医学校
(UCSF)赴任に伴い
家族ぐるみ渡米
当大学 英語学校に学ぶ


サンフランシスコ
コンサーバトリー
音楽院[4年制音大]
にて研鑽を積む


関西大学 梅田みらいず
カルチャーリンク元講師
大阪健康福祉短期大学
ハルカス講座 元講師

現在、

●ハルカス近鉄本店
文化サロン 講師
●読売新聞大阪本社 讀賣TVを
運営母体とする
文化センター講師
●高島屋 堺 十字屋講師 予定
●混声合唱団「陽」
ボイストレーナー
●灘校 保護者コーラス隊
コレぺティ 他 


声楽と健康科学を軸に
日々の暮らしを
エッセイ風に綴ります。

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